チョウとハナ

 世の中の人には2つのタイプがあって、それが「チョウ」と「ハナ」。つまり愛されるために自分から探しにいかなければならないチョウとただ在るだけで愛される才能があるハナだ。

 

私は完全にチョウのタイプなので愛されるために愛を発信しなければならなかった。

 

中学の時に、いまでは魂の片割れのような存在の友人と壮絶に喧嘩していた。周りを巻き込み、部内で派閥争いにもなったほどだ。

 

しかしながらそうやって喧嘩をしていても、私は彼女のことが好きだった。口を聞かなくてもいつかまた仲良くなれると信じきっていた。彼女は私と同じチョウだから、多少の衝突は避けられないのだと自分に言い聞かせていた。

 

チョウとハナは互いに惹かれあって一度結ばれればその絆は確固たるものになるだろう。しかしながらチョウとハナはそれぞれの立場の違いによって真に理解し合えることはない。

 

一方でチョウとチョウはそもそも惹かれ合うことなど無いに等しい。しかしながらもしその壁を越えられることが出来たなら、真に理解し合えるのはチョウとチョウなのかもしれない。

 

眠れない夜

眠れないことに焦燥感を抱くことはよくあると思う。翌日の予定を考えると寝なきゃいけないのにと無駄に焦る。焦るから眠れないのに。

 

 大学4年の夏休みは、その眠れない夜と同じような焦りを毎日感じている。 学生の終わりは唐突だ。私の学生としての人生は、果たしてこれで良かったのだろうか。やり残したことはないか?やるべきことはないか。社会に出ることへの不安が日に日に募る。

 

学生は贅沢だ。ぐうたら過ごしても問題のない日が続き、勉強は義務ではあるが強制ではない。やりたいと思ったことは都合が付けば大体のことが出来る。

 

社会へ出るとなって、改めて文学の贅沢さを感じる。もうあと4か月後には卒業論文を提出しているなんて、一体どうしたら想像できるのだろう。言葉は並べられても、それが実感出来ない。

 

本当に馬鹿な考えだと思うが、私のこれまでの人生は文学ありきだった。文学のない日常が、私にはわからない。誰かの紡いだ言葉の塊が文学だとして、私はそこから情報を読み取り価値を付けることをしてきた。その能力が他に生かせたらいいのに、これはやらなくなった途端に衰える種類のものだ。

 

もっと本を読めるうちに読まなきゃだとか、知識を蓄えなきゃという、焦りばかりで努力をしない。そうして半年がすぎて、私はいつの間にか社会人になって、もう文学とは無縁の生活をするのだろう。

 

そうして荒んだ人間になるのかもしれない。そうなったらどうしよう?

 

つまり私は文学至上主義すぎて、それに関わりのなくなる自分に耐えられないのかもしれない。

 

 

喫煙所の屈強な男達(再掲)

最近、煙草がぶっ叩かれている。
2020年に向けての受動喫煙防止法云々カンヌン……でこの論争がTwitter等でも散見されているのだが、正直喫煙者としては耳が痛い。

私自身は丁度3年前の今の時期に煙草を吸い始めたのだが、しばらくは周囲にも隠していたし、本数も多くはない(むしろ少ない)。いつでもやめようと思えばやめられるという甘えで3年も喫煙に甘んじているのだが、最近愈々やめられない気がしてきた。

そんな私の最近の悩みは専ら喫煙所についてである。

高校生のときからバンドが好きな私は、バンドマンたちが煙草をくゆらせているのをよく見ていたし、バンドが好きな友人たちが煙草をのんでいるのもよく見てきた。しかしそのような人たち、つまりバンドというアンダーグラウンドなものを愛する人たちというのは大抵がガリガリひよっこモヤシさんであった。
中にはちょっとイカツイような人もいたが、それでも同じ様な感性を持っているからか、あまり苦手意識を持ったことがない。

ところがひとたび場所を変えて大学の喫煙所に行くと、ムキムキマッチョの威圧感たっぷりな殿方ばかりがいる。これは由々しき事態である。
まあすべては私がそのような湘南の海がお似合いになる人たちのことを苦手に思っているせいなのであるが、私の親愛なるライブハウスで踊り狂っていた皆さまは一体全体どこに行ったんだ?

私は最近サブカルを抜け出して、なるべくシンプルな服を着て擬態を試みているのだが、そういう女は喫煙所ではまず見ない。喫煙者に来る女は80%の確立でガールズバーかキャバで働いているような女ばかりである。そういうわけで、結構稀有な目で見られることが多い。
ただでさえ肩周りの筋肉が発達し胸筋の主張が激しい男が苦手なのに、私が喫煙所に行くとチラと見られるというのは、何とも地味で耐え忍ぶのが苦痛なものである。

しかし、恐らく私が見られる気がしているということは、私もまた彼らを見ているのだろう。見ることは見られることだ。

喫煙が社会的に追いやられる昨今、喫煙者の間には共犯者めいた連帯感がある。半袖短パンでトートバッグを持っているメンズたちよ、頼むからあまり群れてくれるな。


新しくブログまた作ろうとしたけど無意味なので辞めた、そういう意味の再掲。

就活の願掛けで髪の毛を伸ばしている話。

 タイトルの通り、就活の願掛けで髪の毛を伸ばしている。

 

 初めはショートカットよりも髪の毛を結んで就活をしたいという思いから伸ばし始めた。たしか去年の冬のはじめくらいだったと思う。

 これは願掛けにしようと決意した、というよりも、気づいたらこれが願掛けになっていた、と言った方がしっくりくる。なんとなく就活が終わるまで切るのはやめよう(整えるのは除いて)と伸ばし始めた時から思っていて、この前ふと、あっこれって願掛けなんじゃあないかと思った。

 そう意識すると、段々長くなっていく髪の毛が煩わしくなると同時に、早く就活を終わらせたい気持ちと、願掛けをしている自分に酔う気持ちがムクムクと湧いて湧いて、こんなブログにまでしたためている。

 私は基本的に神様を実態として信じていないのだけど、人間の思念の象徴、あるいは自然への畏怖として神様を信じている。つまるところ何かにすがりたい気分の時以外は神様を意識することなんてないし、願掛けなんてミサンガを作ったくらい(おまけに結局自然に切れる前に自分で切った)。

 

 そんな私が、何故か髪の毛を伸ばすという願掛けをしている。自分で面白いと思う。

 

 いま、髪の毛は肩甲骨くらいの長さで、これは人生の中で2番目に長い。ショートカットの方が毎日便利だし、実際似合っていると思うのだけど、ここまで来るとこの願掛け、成就するまでやめられないなあと思う。

 

 上手く行けば来週には終わるはずだったのだけど、実際上手くいっていないので、おそらく今月いっぱいはまだ髪は切れないだろう。

魂の話

 人には得手不得手がある。といえば、誰もが納得することなのだけど、この得手不得手というのはいうほど簡単な問題ではないと思うんだ。

 

 たとえば人付き合い。これは得手不得手が深刻になるもののひとつだと思う。ただこの人付き合いが不得手の中にも、より深刻な、魂の性質的に他人との関わりが持てない人というのが存在するのだと思っている。そして私も例外なくそうだ。

 

 じゃあ私に友達がいなくて寂しいやつなのかというと、実際はそうではない。少なくない数の友達がいて、みんなが私に親切にしてくれる。そういう友達を持てているという事実は本当に有難いことだと思う。

 

  じゃあお前は他人との関わりを持てない魂ではないじゃないか、と思われるかもしれないけど、それはちょっと違う。私は他人と関わることが嫌いになれないだけなのであって、魂は他人との交流によって削られている。頭の中で次の言葉と次の行動を考え実行し、他人の話をインストールした上でアウトプットを試みる。意識しなくてもみんながやっている行為ではあるが、私はこれに体力を必要以上に持っていかれるタイプの人間なのだ。

 

 これは言われれば私もそうだという人が多いと思うし、なんなら全人類みんなそうなのかもしれない。しかし他人とのかかわり合いの中で魂を削らずにはいられない人間は、実はそんな多くないのだと思う。

 

もうひとつ私の魂の話をすると、私の魂は非常に疲れやすい。他人とのかかわり合いというのは何も言葉を交わすことではなく、自分以外の人間が存在する場所にいることが苦痛であるということだ。そしてこの疲れやすい魂は更に脆く傷つきやすく、そして再生に時間のかかるものである。

 

 再生のためには魂の栄養を摂取するか、あるいは長時間の休養が必須になる。目に見えない魂の傷は、まずどの地点にあるのか触診せねばならない。それをうっかり抉ってしまうと、さらに再生は遅くなる。

 

 魂は人によって形も性質も何もかもが違って、指紋のように誰1人同じものを持つことはない。私より深刻な性質の魂の人もたくさんいる。ただもしその性質を二分するのなら、強固な魂と脆弱な魂にしたい。

 

強固な魂を持つ人たちは、魂が強固な状態が当たり前なのであり、魂の回復も早い。柔軟で、傷つきにくく、再生力に優れた魂は、脆弱な魂の気持ちがわからない。

 

 強固な魂の人々は、脆弱な魂の人々を、それは怠慢なのだ、怠惰なのだと責め立て、かつその人のためを思って言ってあげているのだと、それは迷惑な恩着せがましい言葉を平気で吐いてくる。なんという傲慢、なんという驕りだろう。

 

 それは許されない蛮行であるのに、世間はそれを黙認し、かつそれが正しいことなのだと、美徳なのだと位置づけてしまい、脆弱な魂はそれらからなるべく傷つかないように代わりとして肉体を傷つけるのだ。

 

脆弱な魂は確かに褒められるものではないのかもしれない。しかしだからといって、蔑まれるものではないはずなのだ。

 

人は他人のことがわからない。魂は目で見ることが出来ないから、お互いに探りあって魂をみる。

 

疲れやすい魂を持つ生きづらさは、理解を受けない苦しみとも戦わなければならない。

2017年の目標

 Tumblrで書いてたら全部消えたのに腹が立って、やっぱりはてなブログに書き残そうと思う。

 

①やらない後悔をしない

これは去年に引き続きの目標! 去年これを目標にしたことで満足のいく1年に出来たので、今年もこれは継続したいな。特に就活があるから、やれるだけのことをやりたい気持ちがあります。あと私は基本的に臆病だから何か新しいことをするのに躊躇う癖があるので、これを念頭におきたい。

 

②攻撃的にならない

これは結構何に対してもで、特に他人に対してっていうのを本当に、気をつけたい。他人に悪いからとかいう偽善者めいたことではなくて、他人に対して攻撃的な気持ちになって口だけで悪意をはいてしまうと後で自分が後悔するのでね。ユーリon ICEのユリオがアガペーに気づいた瞬間みたいに、ストンと落ち着きたいです。つまりは穏やかに過ごしたいってことになるのかな?

 

③旅行に行く

これは就活と大学があるからだいぶ厳しいかもしれないけども。でもこの前に弾丸日帰りで京都行った時、意外とすぐ旅行できちゃうなってことがわかったので、またいっぱい色々行きたいな!とりあえず今行きたいと思ってる土地は金沢です。あと海外ならインドネシア行きたいな〜〜〜!せめて金沢は行こうと思います。

 

④新しいことをはじめる

まだ全然何を始めるか検討もついてないんだけど、できたら日本伝統文化に関係あることがいいなと思ってる。就職しても変わらない何かが欲しいなということです。

 

⑤思いっきり勉強する

わりとこれが1番大事だと思う。いよいよ今年は4年生になっちゃって、高校生の時ずっとやりたかった文学の勉強が出来るのもあと1年ないと思うと悲しいなあ。高校生だった私も、社会人になった未来の私も満足するぐらい、最後にちゃんと勉強したいと思います。幸い先生に課題を貰っていることだし、まずはそれを頑張ります。

 

 

こんなもんかな!去年よりなんかしっかりした(?)目標になった気がする。卒業も就活もあって想像するだけで不安になる1年だけど、今年も大きな病気なく健やかに過ごせたらいいなと思います。

 

来年の今頃笑っていられますように!!

 

 

大晦日の振り返り2016

 2016年もあと24時間を切ったということで、去年たてた目標を今年1年達成できたのかどうかをみていきます。2016の目標はTumblrで更新したから、2017も目標はTumblrで更新するかもしれない〜

 

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①やらない後悔をしない

これはもう、2015年の最後の最後、大晦日に最大に後悔したことなのだ。BUMP OF CHICKENの紅白初出場、CDJからの生中継、私はCDJのチケットがあるにはあったが、金銭面を考慮して行くのをやめてしまった。紅白を家で見られるなら、と思っていたけれど、そんなのは甘かった。当日になって、朝からずっと後悔をして、本当に悔しい思いをした。こうして思い返している今も、胃のあたりが手のひらで掴まれるような悔しさが溢れている。 紅白のBUMP OF CHICKENは本当に素晴らしかった。テレビを嫌っていた彼らが、日本国民の大部分が見ているような番組で、まさかライブを中継することになろうとは。もし会場に行っていたら、それを同じ空間で同じ空気を吸って体感出来たのだ。もしも今後BUMP OF CHICKENが再び紅白に出るようなことがあっても、今回のような初出場の興奮や感動は味わえないのだろう。 時間とは不可逆のものである。このことがここまで切に突き刺さったことは私の人生で初めてのことだったと言っても過言ではない。金銭は、たまに本当にどうしようもないと思われる時もあるけれど、大抵はどうにかなるもので、本当にどうしようもないのは、何かをやらないで後悔することなのだ。 私の2016年という時間も、20歳という時間も、今この瞬間も、絶対にもう一度ということはないのだ。そのことをきちんと理解して生きたいと思った。

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これは△だなあ。特にBUMP OF CHICKENで言えば日産を行かなかったことをすごく後悔している。当日泣きながら寝たなあ〜今となってはそれも懐かしいのだけども。あとCDJも余裕こいてチケット取らなかったら行けなかった(笑)そのおかげで年の瀬も悔しい思いしててね、、、2017はCDJ行きたいな。

ただBUMP OF CHICKENで名古屋行ったり、弾丸で京都行ったり、比較的ふらふらと旅行を出来たから、毎日が無駄ってほどでもなかったと思うので✕ではなく△!来年は〇にしたいね!

 

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BUMP OF CHICKENのライブに行く

もちろん学業が第一なのだが、それ以外のことならば、行かないことを後悔する物事は彼らのライブくらいしかないので、彼らを優先させたい。

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これも△。理由は上に書いた通り。2017はツアーやってくれないかなあ〜

 

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③単位を取る

これは昨年も言っていた。しかし昨年と違うのは切羽の詰まり度合いである。私よ、今年単位が取れなければ、留年だぞ。就職活動が出来ないどころではなく、留年だぞ。周りが卒業して働き始める中、留年だぞ。親からの目を考えてくれ。そして留年すると、実家を出るのも延期になるぞ。本当にきちんと頑張りたい。

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これはもはや✕。全然出来てなあ〜い!ますます卒業危うくなってます。まだできるまだできるという自己暗示レベル。でも卒業したいです。

 

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④ちゃんと勉強する

ちゃんと、というのも曖昧だが、少なくとも頑張りたいのはやはりゼミの勉強である。この前、先生からも「もっと勉強してください」と言われてしまったので、本当に反省しているのだ。そもそもなぜ私が大学に入ったかって、それは文学の勉強をするためだろう。好きな文学を好きなだけ勉強するため。目先の欲ばかり追いかけた2年だったのだから、3年になる今年は、いい加減に勉強をしたいと思う。

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これは〇をあげてもいいんじゃないか!?今年は何してたって言われたらひたすらゼミを頑張ってました。後期の『聖家族』の発表はいままでで1番いいものになったし、いいものだったからこそ今後の課題も見えたりして、堀辰雄をやってましたってようやく言えるスタートラインに今更立てたのかなあという気持ちです。

 

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⑤賞に応募する

これは2015年に出来なかったことなので、今年こそ、今年こそ応募したいと思う。何もせず終えることになるより、1度くらい足掻いてみろよ、私。

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これは✕。というか、応募する気にならなかった(笑)

 

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⑥就職について考える

これはきっと否が応でも考えさせられるのだろう。3年生はそういう学年だとおもう。春のガイダンスからインターン、周りもそういう話題が増えるに違いない。逃げずにきちんと考えたい。

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これはもう〇。間違いなく〇。否が応でも考えてます。でもね〜まだ迷走してるからね〜2017で人生決まるって思うと重たい気持ちになりますね。まあこういうのは、嫌になるぐらい考えてあとで仕方ないって思えるようにするっていうのを私は気をつけてるので、本当、嫌になるぐらい考えたいと思います。

 

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⑦本を読む

まあこれは④の勉強するというのとほぼほぼ同義である。せっかく大学生になり、あんなに立派な図書館があるのだから残りの少ない2年で読めるだけ読みたい。とりあえず今年の目標は年間70冊!記録の方法も考えたい。

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これはね、✕かな〜。結局全然読めてないというか読んだけど読んでないというか。ゼミと授業のばかり読んでてほかはぜんっぜんだからね〜2017こそ読みたいね。でもゼミと授業に追われてると結構厳しい目標だったりするな。私基本的に同時進行が出来ないので、ゼミのことやってるときはゼミのことしかできない。暇な時しか本が読めないんだな〜

 

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今年はサークルばかりでなく学生らしい生活を送りたいと切に思う。

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これはもう💮!何故ならサークルを辞めたから!!(笑)まあ辞め方辞め時はかなり無責任になったし周りに迷惑かけてしまったけど、私としてはそこでやめて本当によかったなあと思いました。大学生にしか出来ない馬鹿な事たくさんしたし、色々人生経験にはなったけど、やっぱり私はああいう根が明るい人たちには混ざれないのかもしれない。というより、他人にいい顔しすぎるところがあるので大きい団体は向いてないのかな〜〜〜という感じです。

 

 

こうみると2016年、サークルを辞めてゼミに打ち込み、たくさん旅行をして、夏フェスも行ってってかなり充実してたのでは!?!?

しかも三月にはロンドンに行ったのだった!!人生で初めて海外旅行をして、自分の知らない土地で自分の知らない言語を話す人と少なからず関わりをもてたというのが、私の世界をぐんっと広げて、考え方とか捉え方とかものすごく変えてくれました。大学生でいちばんの思い出になったし、人生においても大事なターニングポイント的なアレになったのではないだろうか!(笑)

 

2016年、かなり充実した1年になったなあと思う。毎日の単位でみたら後悔することも多いけど、年単位でみたら色々出来ていい1年だったんじゃないかな。2017年もいい年にしたいぞ!

 

では、良いお年をお迎えください。