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日本の文化について

 ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

 

方丈記鴨長明

 

 高校生の時、授業で冒頭を暗記させられた。その時は覚えることに必死で、中身は問題ではなかった。受験の時、必死になって覚えた助動詞はもう覚えていない。よって、細かい訳は無理だが、大雑把に言うと「川の水のように人も家も長い間同じ場所には留まっていないね」ということだと思う。そしてこの内容は、今更になって私を魅了する。

 

 昔から日本が好きだったし和というものが好きだった。万華鏡はいつまでものぞいていられたし、畳の匂いが好きだし、ちりめん細工の小物を欲しがった。しかしそれは私の中のごく限られた一部分であって、ハンバーガーもポテトチップスも好きだしドラゴンに乗って空を飛びたかったし、ソファーに座ったり寝転んだりした。つまり、日本文化への愛着はあっても、私はどこまでも現代人であって、それがすべてではなかった。

 

 そんな私がより日本人に誇りを持つに至ったのは、やはり剣道の影響が大きい。剣道はスポーツとなった昨今だが、私のコーチは主に精神論者であったので、私たちに剣道、ひいては武士の心得を説いていた。「本当に人を切るつもりで竹刀を構えろ」というようなことをいつも言われていた。申し訳ないことにその多くの教えを私はいま思い出すことができないが、度々武士道の話をされていたと思う。それが私にピタリと合って、私はどんどん剣道にのめり込み、中高の6年を剣道に捧げた。

 

 大学に入ってから、剣道を離れ、小学生レベルの知能になり、馬鹿なことをたくさんして、そんな自分に虚しくなり、友達を失って、心の充実を求めた。その時、ふと文楽をみたくなって、ネットを検索。文楽劇場は大阪にあり、東京にある国立劇場では歌舞伎の鑑賞教室を開演していた。高校の時の芸術鑑賞で能をみたが、歌舞伎は見たことがなかったのでその場でチケットを購入。見に行くことにした。

 

私の中で歌舞伎は「○○屋!」と叫ぶイメージが強く、右も左もわからない素人が見に行くのはむしろ失礼だとすら思っていた。その時行くことにしたのは、それが「鑑賞教室」というものであったからというのが大きい。演目の前に、歌舞伎についての講義があるのだ。

 実際私がいちばん驚いたのは、思ったよりも音が大きいことだった。ツケの音はもちろん、役者の声、そして音楽。私は3階席一番後ろだったのだが、よく聞こえた。過去の私のように芸術鑑賞で来たのであろう高校生たちがうるさくなければ、おそらくもっと明瞭に聞こえたはずだ。残念なのは、やはり遠くて表情までは見られないことであった。あとは花道の先がやはり見えない。あれはおそらく一階席でないと見れないのだろう。鑑賞教室の内容自体はとても良かった。舞台の上手下手から、舞台の仕掛け、普段は見えない黒簾の中の楽器隊まで、ありとあらゆることを教えてくれる。歌舞伎ど素人の私でも安心して楽しめた。

 そして本編。これも楽しめた。イヤホンガイドを借りていたのだが、解説はためになるものの、邪魔な時もある。台詞が古語というか、江戸の言葉なので聞き取れず意味のわからない時も多々ある(私の勉強不足も大きい)。しかし、私の感想としては、言葉はあまり重要ではなく、役者たちの立ち振る舞い、それから場面場面に合った音楽、そして舞台をキュッと締めるツケ、見応えのある回し(舞台)!西洋ではミュージカルを総合芸術と呼ぶが、日本では歌舞伎こそが総合芸術だと、私は声を大にして言いたくなった。

 

つまり、私はたった一度の鑑賞で、見事に日本の伝統芸能にノックアウトされてしまったのである。日本にはこんなに素晴らしい文化があるんだと、日本の人にも、海外の人にも、ものすごく自慢がしたい!

 

と、ここまで書いたはいいが、私はまだまだ何も知らないことだらけで、もっと勉強をするべきなのだけれど、夏休み自堕落な生活をおくり続け、今に至っている。

 

 もうすぐ夏休みが終わる。もはやまた何もせずに終わってしまったのだけれど、出来れば後期、日本の伝統芸能を調べたいと思っている。