喫煙所の屈強な男達(再掲)

最近、煙草がぶっ叩かれている。
2020年に向けての受動喫煙防止法云々カンヌン……でこの論争がTwitter等でも散見されているのだが、正直喫煙者としては耳が痛い。

私自身は丁度3年前の今の時期に煙草を吸い始めたのだが、しばらくは周囲にも隠していたし、本数も多くはない(むしろ少ない)。いつでもやめようと思えばやめられるという甘えで3年も喫煙に甘んじているのだが、最近愈々やめられない気がしてきた。

そんな私の最近の悩みは専ら喫煙所についてである。

高校生のときからバンドが好きな私は、バンドマンたちが煙草をくゆらせているのをよく見ていたし、バンドが好きな友人たちが煙草をのんでいるのもよく見てきた。しかしそのような人たち、つまりバンドというアンダーグラウンドなものを愛する人たちというのは大抵がガリガリひよっこモヤシさんであった。
中にはちょっとイカツイような人もいたが、それでも同じ様な感性を持っているからか、あまり苦手意識を持ったことがない。

ところがひとたび場所を変えて大学の喫煙所に行くと、ムキムキマッチョの威圧感たっぷりな殿方ばかりがいる。これは由々しき事態である。
まあすべては私がそのような湘南の海がお似合いになる人たちのことを苦手に思っているせいなのであるが、私の親愛なるライブハウスで踊り狂っていた皆さまは一体全体どこに行ったんだ?

私は最近サブカルを抜け出して、なるべくシンプルな服を着て擬態を試みているのだが、そういう女は喫煙所ではまず見ない。喫煙者に来る女は80%の確立でガールズバーかキャバで働いているような女ばかりである。そういうわけで、結構稀有な目で見られることが多い。
ただでさえ肩周りの筋肉が発達し胸筋の主張が激しい男が苦手なのに、私が喫煙所に行くとチラと見られるというのは、何とも地味で耐え忍ぶのが苦痛なものである。

しかし、恐らく私が見られる気がしているということは、私もまた彼らを見ているのだろう。見ることは見られることだ。

喫煙が社会的に追いやられる昨今、喫煙者の間には共犯者めいた連帯感がある。半袖短パンでトートバッグを持っているメンズたちよ、頼むからあまり群れてくれるな。


新しくブログまた作ろうとしたけど無意味なので辞めた、そういう意味の再掲。