私たちはもう随分と遠くに来てしまった

 三日前あたりから、世界にむせ返るような甘い香りが漂っている。言わずもがな、金木犀である。そんな金木犀の季節を、

 

「期待外れな程 感傷的にはなりきれず

目を閉じるたびにあの日の言葉が消えてゆく  」

 

【赤黄色の金木犀/フジファブリック

 

と歌ったのは故・志村正彦その人だ。激しく眩しい日差しが陰りを見せ、気温はだんだんと低くなり、夏のきらめきは記憶の隅へと追いやられる季節。そんな季節に私たちはノスタルジーを覚えるものであろうが、思ったより感傷的、何かにつけて涙脆くはなれない。それは、まだ夏の名残が空気に漂うからか、あるいはもう、あの日の言葉が消えてゆくほど遠くに来てしまったからであろうか。

 

 遠くに来てしまったと私がよく思うのは、何においても幸福だった幼少時代と、振り返ると輝かしい高校時代だ。

 

 幼少時代の、まだ世界が全て自己の内にあった幸福は、どう足掻いても取り戻せないものであるし、年齢を重ねるにつれて手放さなければならないものであると思っている。そこに後悔があるわけではないけれど、ただ、遠くに来てしまったなあと思うのだ。

 

 高校時代は、「振り返ると」とあえて書いた通り、その中にいた私は、真っ暗闇の中を這っていた。1寸先はまさに闇で、何においても不安と閉塞感を感じながら生きていたような気がする。いや、これはあまりに悲観的かもしれない。しかしながら、学校に行きたくなくて1時間目をよくサボったこと、休み時間の度に机に突っ伏していたこと、本を読んでいたこと、長い昼休みにひとりで母の作った弁当を食べたこと、週に1回美術準備室に行っていたこと、移動教室が苦痛だったこと……今思えばつまらないことが、何と深刻な問題だったのだろう!しかしそれらに苦しみぬいていたはずの時間は、いまでは眩しい程に記憶が補正されている。当時の私の本当の気分は、当時のブログの中にしか存在しないが、もう消してしまったのでどうしようもない。ただいま考えるのは、当時の輝かしさも苦痛も、全ては濁りのないものだったということだ。今の私が当時の苦痛を受けても、当時のようにはならないだろう。高校生は純粋だった、そして世間を知らなかった。

 

 夏休みの直前、太宰治の『人間失格』を読んだ。高校時代から何度もトライし、何度も挫折していた小説。その時期の私は気分が最底辺にまで落ち込んでいて、私と世界の間に分厚い膜が張ってある状態であった。つまり、何をするにも気力がわかず、息をするのも億劫で、何かを食べることもしないような、そういう状態だ。色々あって、読む必要のあったそれだったのだが、私は驚くことに物凄く興味深く読めてしまった。あんなに何度も挫折したのは何だったのかと、不思議に思うほどであった。読めば読むほどに葉蔵に肩入れをする自分を発見し、そんな自分を批判する自分が現れる様すらも、それが葉蔵への共感となっていた。

 

「 自分は立って、袂からがま口を出し、ひらくと、銅銭が三枚、羞恥よりも凄惨の思いに襲われ、たちまち脳裡に浮ぶものは、仙遊館の自分の部屋、制服と蒲団だけが残されてあるきりで、あとはもう、質草になりそうなものの一つも無い荒涼たる部屋、他には自分のいま着て歩いている絣の着物と、マント、これが自分の現実なのだ、生きて行けない、とはっきり思い知りました。」

 

【『人間失格太宰治 / 青空文庫

 

これは、葉蔵がツネ子との心中を「実感として」決意した場面である。とても簡単に要約すると、金がないから死のう、ということだが、これはある程度裕福に生きてきてしまった人間が、真に金がないということを理解した時の絶望や恐怖、そして虚無感があらわれた極めて現実的ないい場面だと思っている。金がない、財産がないということは、単に何も買えやしないということではなく、自分は物理的にも精神的にも何も持っていないということに繋がってしまう。死のう、死んでしまおうという状態よりも、「生きて行けない」という、八方塞がりのどうしようもないやるせなさが、心中へと導いた。

 

 読後、少し調べると、『人間失格』は私のように大いに共感する人間と、全くわからない人間がいるらしい。おそらく高校までの私であれば全くわからない内容だったからこそ、挫折を繰り返していたのだろう。そうしてまた、私はもう随分と遠くに来てしまったと実感するのだ。